人生

20220101

FROM 川畑のぶこ

新年明けましておめでとうございます。

皆さんは、2022年の始まりを
どのようにお過ごしでしょうか。

私は今年はどこに行くでもなく、
家族でゆったりと過ごしております。

昨年は、自身の仕事を通して、
また、息子の趣味の活動を通して、
「受容」と「挑戦」のバランスの大切さ、
人間の持つ可能性の大きさについて、
感じることがたくさんありました。

昨年後半、息子に起きたとてもうれしい
出来事のエピソードとともに、皆さんに
シェアさせていただきたいと思います。

続きは、ビデオでお話しします……

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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Q.川畑先生こんにちは。
 
いつもメルマガ楽しく読ませていただいてます。
 
私の悩みは収入源が定まらないことです。
 
好きなもので食べていきたいとは思っているのですが、
スペシャルなものがなく、だんだん体力もなくなり
これからどうなるんだろうと不安です。
 
56歳シングル、定職なし、一人暮らし。
家もない、財産もない、
ただ健康なので今は派遣で働いています。
 
数年前から派遣も短いものばかりになり
1年に1度失業保険のお世話になる感じになってます。
 
これからの収入のことを考えると
60代からパートになってしまうと思うと
生活保護より低い状態に、、、
 
そうならないように
いろいろ資格やインストラクターになろうと
コースを受けてみたりと手を出すのですが
どれ1つうまくいってません。
 
断捨離で思考整理と思うんですが
肝心なものは何ヶ月たってもあまり見えず
今たどりついたのは体をほぐすことでした。
 
仕事がないので半分引きこもり状態になってて、
自営業も考えなくちゃいけないのかなあと思うこの頃です。
 
働き方のチェンジの時、
不安な気持ちを持ちながら生きています。
 
よろしくお願い申し上げます。
 
 
【たまちゃん・50代・女性・無職】
 

―――――――――――――――――
 
 
A:FROM 川畑のぶこ
 
好きなこと(スペシャルなこと)と食べていくことのバランス、
収入源が定まらずに、
今後生活ができなくなってしまうのではないかと
悩んでいらっしゃるたまちゃんさんなのですね。
 
ただ、これまでそれなりにバランスをとりながら
過ごしてこられてきた様ですので、
それは素晴らしいことではないでしょうか。
 
私たちのニーズは時間の経過とともに変わるものです。
 
若い頃は、後先考えずに情熱と勢いで
ものごとを推し進めるエネルギーが湧いてきますが、
歳を重ねるごとに、体力や気力が低下することは
自然なことです。
 
たまちゃんさんは、ここにきて、
軌道修正の必要性を感じていらっしゃることと思います。
 
好きなこと(スペシャルなこと)を求めて、
次々と職を変えながら、あるいは気力や体力を使いながら
人生を刺激的に渡り歩く生き方よりも、
さほど変化に富んでいなくとも、安定した収入を得て、
安心感を抱きながら過ごしたいと
感じていらっしゃるのではないでしょうか。
 
ただ、同時に、「それでいいのか?」と疑問も抱いておられる。
 
ぜひ、「それでいいんだよ」とご自身に答えてあげてください。
 
変化を受け入れ、適応していくことは私たちに必要な智慧です。
 
不安は大切な変化を起こすためのサインの役割も果たします。
 
現代は、50代、60代でも、さまざまな就労支援を得ながら、
必ずしも体力的に負荷のかからない仕事で、
定期的に収入が得られる仕事を探すことは可能です。
 
もちろん、新たな仕事から
スペシャルなものが得られないとも限りませんが、
それらは仕事以外で得ても良いわけです。
 
すべてを仕事で完結する必要はありません。
 
たまちゃんさんが人生に幸せを見いだすものは
どこにあるでしょうか?
  
それは職場でしか得られないものでしょうか?
 
きっとそうではないはず。
 
幸せの種は人生に散りばめられています。
 
仕事の一部にもそれらは存在するでしょうし、
仕事以外にもたくさん存在します。
 
仕事の枠に収めようとせず、幸せの庭を広げて、
たまちゃんさんのスペシャルな種に水やりをしてください。
 
もしかしたら、スペシャルなものは、
案外日常のささやかなことに存在するかもしれませんし、
これまでそのことに気づかなかっただけかもしれません。

 

ーーー
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Q.メルマガいつも拝見しています。
私は現在は離婚をして独り暮らしの60歳代です。

末の子供が小学校高学年になったのを機に
鍼灸指圧師の学校に3年間通い、
その後もずっと走り続けてきました。

私の両親も超高齢になり、
日常的に見守りや介助が必要になってきました。

それに加え長女が乳児を抱えて離婚をし、
近隣に住むようになり、心強い事もありますが、
サポートが必要です。

断捨離は大好きで、やました先生やトレーナー
のYouTubeを見ては頑張っています。

高齢者に関わる今の私の仕事も大好きで、
ヨガや瞑想で頭の整理をして
日々1cmでも成長したいという気持ちで
前向きに生きてきました。

食生活や健康にも留意してきたのですが、
最近寝込む程ではないけど、
身体のあちこちに不調が現れ
頑張りが効かない感じがします。

仕事の勉強をはじめ、やろうと思う事は
沢山あるけど、行動力がついてこないのです。

そして両親が段々社会的人格を
失なっていくのを側でみているのは、
患者さんの死を沢山経験しても辛く寂しいです。

それは、20~30年後の私の姿でもあるのだと…。

後20~30年で何が出来るのだろう?

孫達がイキイキ生きることが出来る社会を作る
手助けは出来るのか?

焦っても心には何かポッカリ穴で、
身体がついてこない感じ。

生き方を話せる仲間はいても、
親にも娘にも共感は求められない。

この思いを抱え、希望が心底からは
見えない今の私にアドバイスがあれば、
どうぞ宜しくお願い致します!

【はなみずき・60代・女性・マッサージ師】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

はなみずきさんは離婚後、資格取得をされ
走り続けてこられたのですね。

そして、親の介護、孫たちの未来、
そしてご自身の未来を心配されている。

ものごとに真摯に向きあう
はなみずきさんの誠実さが伝わってきます。

いま、はなみずきさんが抱えていらっしゃる悩みは、
超高齢社会の日本全体の課題とも言えるかと思います。

その解決法は、制度に依存することも多いですが、
まず、はなみずきさんが個人的に
この課題に取り組むのかについて、
いくつかアドバイスさせていただきます。

まず大切なのは老い(変化)を受容するということです。

生老病死は人間である以上、
全員に課された課題であり苦しみですが、
これらに不要に抗うことは苦しみをもたらします。

私たちが、いつまでも若々しくイキイキと
過ごしたいと願うのは当然かもしれません。

しかし、アンチエイジング(抗老化)という概念がありますが、
それよりも、ヘルシーエイジング(健康的に年を重ねる)
を大切にしてみると良いと思います。

若い時と比べるから苦しくなります。
60歳にもなれば、あちこち不調をきたすことはよくあることです。

それを「あの頃はこうではなかった」と、
若い頃をベースに自己像を抱くので苦しくなります。

「あぁ、着実に歳を重ねているな。」と受け入れる、
そして「今できるベストは何かな」
と受け止める姿勢を大切にしてみてください。

あちこち思い通りにいかないなりのベストです。

そのために次に必要な姿勢は「信頼する」ということです。

私たちも、世の中も、変化にそれなりに適応できるように
なっているということです。

はなみずきさんの理想通りかどうかはわかりませんが、
ままならない人たちをサポートするシステムや心も
この世には存在するということに意識を向けてみてください。

つい先日、ある患者さんが、
一時的に尿パッドを利用する必要性が出た際に、
ドラッグストアでその種類が豊富なのに驚いた
とおっしゃっていました。

これまで自身にそのような必要性はなく、
事態は例外的なことと思っていたので、
パッドなど1、2種類程度しかないと高を括っていたそうです。

ところが、ひとたび視点を変えてみたら、
しっかりと結構なスペースをとって
さまざまなパッドが売られている。

しょっちゅう使っているドラッグストアなのに、
そんな棚は意識したこともなかったそうです。

そして、たとえ今後、自身が高齢者になっても、
このようにしっかりと守られているのだなと
安心したとのことです。

社会も人とともに進化していきます。

子どもたちも孫たちも、そのときどきの状況において
最善の智慧をはたらかせ、事態を切り開いていく力を
そなえていることを信じてみてください。

そして、その状態がもし
はなみずきさんの理想どおりでないのなら、
これはもしかしたらチャンスかもしれません。

その理想が新しいプロジェクトを
生み出すかもしれないからです。

このように、人が変われば、
社会もニーズも経済も変化していきます。

その変化にしなやかに適応できるご自身と社会を
イメージしてみてください。

また、これまでもそうであったとおり、
必ずしもすべてが理想通りでなくても、
私たちはそれなりに状況を乗り越えながら
日々ささやかな幸せを感じながら
生きることができることも思い出してください。

 

ーーー
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Q.川畑先生、こんにちは。
10年前より主人と別居している62歳の主婦です。

別居の原因は複雑なのですが、
一言で言えば共依存的に結婚したけれども、
私が自分の自立を意識するようになり、
いまでも依存的な主人に嫌気がさしたような感じです。

主人と居ることがとてもしんどくなってしまいました。

経済的な問題もあります。
私は3年前に関節リウマチになり投薬治療中です。

今まで色々なことがありましたが、
その都度自分と向き合いつづけ、ようやく少しずつ
ストレス対処もうまくできるようになってきました。

価値観もだいぶ変わり、自分を苦しめる価値観ではなく、
楽にする価値観を身につけつつあります。

主人とうまくいかなかった原因もわかってきて、
改めて自分の人生は自分が創っているんだと
思うようになりました。

リウマチになって気づきがたくさんありました。

そんな中、別居中の主人が認知症と診断されました。

最初は主人を一人にしたことに罪悪感があり、
可哀想な思いもあり、
私が何とか介護をしなければと思いましたが、
今更一緒に住むことは想像しただけでストレスです。

今まで、○○ねばならないに縛られて苦しい道を歩んできたので、
もうこれからは自分の気持ちを優先させたいと思っています。

子供達もいずれは施設に任せたらいいと言ってくれています。

それまでは離れてできることだけしようと思っていますが、
主人は不安なのか、私を頼り私に依存してきます。

認知症になったのも主人の人生、と割り切りたいのですが
なかなかできません。どっちにしてもしんどいです。

自分を大切にする、ってどういうことなのでしょう?
自分も主人も尊重するにはどうしたらいいのでしょう?

アドバイスよろしくお願いいたします。

【hana・60代・女性・パート】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

hanaさんが共依存から脱却し、精神的に自立することで、
苦しみにあふれる人生から楽に生きられる人生に
切り替えてこられたことはとても喜ばしいことですね。

自分の人生は自分が創り出しているという気づきを
リウマチの経験を通して得られたのであれば、
まさに病気の恩恵ではないでしょうか。

今後のご主人との関係性に関して、
hanaさんの罪悪感が刺激されていることが伺えます。

夫の介護を引き受けるか施設にまかせるか、
どちらの選択をしてもしんどいのであれば、
建設的なしんどさを選択するのが良いでしょう。

おそらく、hanaさんは、夫の望む選択をすれば、
すなわち、hanaさんに介護してもらう選択をすれば、
夫の幸せに貢献できるとお思いのことと思います。

そのような状況で夫を施設に入所させることは
薄情なことであり、人としてしてはいけないと。

ところが、これは事実でしょうか?

もちろん、ある程度の努力によってhanaさんが
ご主人に健全な態度で接することができるのなら。

たとえば、介護以外の時間はしっかり自身のケアに充てたり、
デイケアを利用するなど、
さまざまなリソースを活用することでバランスがとれるならば、
hanaさんがご主人を介護するのもご縁と割り切るのも、
オプションかもしれませんね。

また、ご主人の認知症の進行を都度確認しながら、
段階的に対応していくのも良いかもしれません。

やはりご主人がひどく依存的で、
認知症の症状や周辺症状も進行するばかりだと、
hanaさんの負荷が重くなる一方で
生活の質が著しく低下してしまうでしょう。

こうなると共倒れとなる可能性もあり、
たとえ夫のニーズに応えていても、
そこに幸せがあるとは言えないのではないでしょうか。

そうであれば、お子さんたちも同意されているように、
ご主人の意には反するかもしれませんが、
とりまく心理社会的なバランスも顧みて、
施設入所を検討されるのは賢明でしょう。

介護施設に入所することで、
適切な治療やケアが受けられれば、症状がコントロールされ、
面会時に機嫌よく家族が会える可能性もあります。

hanaさんが置かれているような状況で、
双方に痛みを伴わない選択というのは無理難題と思います。

ここはぜひ、「建設的な痛み」を取る覚悟をしてください。

hanaさんが健康的であることは、結果的に
家族全体にとっても社会全体にとっても大切なことです。

hanaさんの心の奥底の声に耳を傾けてみてください。

 

ーーー
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20211122

FROM 川畑のぶこ

今日は、フミさん(60代・女性・主婦)
のご相談にお答えします。

【Q】
はじめまして。いつも配信、参考になり、
拝読しております。

私は60歳。パート契約が終了し、
現在は無職の主婦です。

3人の子どもは既に成人独立し、
現在は66歳の主人と二人きりの生活で、
地元で自営業を営んでいます。

私は仕事に一区切りついたこと、
60歳になったことで、これからの人生、
出身地に戻って母の近くで暮らしたいと願っています。

5年前に主人の会社がうまくいかず、
夫婦で移住しようとして身辺を片付け、
あとは行動するのみになり、
私も新天地で新たな人生を、
と前向きになっていましたが、
事態は好転し、計画は頓挫。

その後、私はパートではありますが、
家計のため自分なりに頑張りました。

ふと気がつくと60歳。やっぱりこの地を
離れ、失った自分の時間を母や友人と共に、
という希望が再び気持ちに湧き、
主人と話し合いましたが平行線。

お互いのこれからが全く噛み合わず、
この話題が出るたび激昂するようになり、
精神的に病んでしまいました。

思えば、結婚して40年近く、全て
主人の決めた方向に生きてきた自分があり、
初めて自分の意見、望みが言えた出来事でもありました。

私は人生一度、自分の気持ちに素直になりたいと思っています。

離婚は考えてはいませんが、人生観が違うなら、
夫婦別々に離れて暮らすのもありかなと。

また、今までの結婚生活の中で
モラハラも感じていたため、
それも心を動かしたのだと思います。

60歳。何もスキルもなく、自立するには困難で
「無理」のニ文字しか浮かびませんが、苦しい日々です。

いっそ消えてしまいたい衝動にかられることもあります。

どうかアドバイスをお願いいたします。
   

【A】
全く価値観が違う夫と、
老後うまくやっていけるのだろうか。

これから超高齢化社会を迎える日本では、
このような問題はますます増えていくでしょう。

私たちはみな、頭では、それぞれの人生を
幸せにに生きる権利があるとわかっていても、
学習してしまった振る舞いや惰性で、
いつまでもそこにブレーキをかけることなく
進んで行ってしまうことがあります。

今回のフミさんとご主人のケースもそうですね。

これまでずっと自分の思うがままに手綱をとってきたご主人、
フミさんによって急ブレーキをかけられて、
きっとハッとしたのではないでしょうか。

これまではご主人の馬車に黙って乗ってきたフミさんが、
そこから降りて、自分らしく生きたいと意志表示をしたことは
ゼロイチの大きな行動ですし、本当に素晴らしいことです。

そして今後、結婚は解消しないまでも、別居婚、
今は卒婚という言葉もあるようですが、
そうなった後、果たしてフミさんが
自立してやっていけるのかどうか、
心配していらっしゃるのですね。

ここはぜひ、少し視野を広げて、
今後、超高齢化社会を迎える日本における
ご自身の立ち位置などをイメージして
いただきたいと思います。

続きは、ビデオでお話しします……

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Q.こんにちは。
断捨離を始めています52歳主婦です。

7年前に20年寄り添った主人と離婚。

真面目で学生からの長い付き合いからの結婚で
こんな風になるとは思っていなかったし
なんの資格も手に職もない私で、
主人にずっと頼って子育て中も専業主婦。

近くに姑さんが住んでいて、
その人の職場に一緒にパートで入れてもらい、
離婚した今も姑さんと行き帰りも一緒に勤務。

元主人は少し離れて一人暮らしなのか
誰かがいるか?はわからないですが
たまに実家に遊びに来ている様子。

私は主人名義のローン完済したマンションに
息子とそのまま居住。娘は最近嫁ぎました。

元主人も私にはマンションに
管理費だけの支払いで住んでたらいいよと。

そうは言ってくれているものの、
急に気持ちも変わるのでは?と少し怯えて、
一緒に生活していたときのトラウマもあります。

姑も同じように言ってくれています。

パートの収入では少し生活費が足らなくて、
貯金を崩しながらの為先々が不安です。

いつまでもなんとなく、姑や元主人から
離れられていない感覚で窮屈です。

パート先では、未だに周りには、
私をお嫁さんと言って、自分の親戚にも
離婚した事は内緒にしている様子です。

お金の援助を子供達にしてくれている姑。
そこもなかなか心から喜べない私です。

離婚したのに、ずっと離れれてない感覚は
私が勇気を出してパート先を変えたり
しないのが悪いのでしょうか?

お金を持ってる姑にどこか頼ってる私も
いるのも問題ですよね?

私は何に向き合っていけばいいのか、
お金の不安を抱えてばかりで。

自分の足で逞しく堂々と
これからは自分らしく生きていきたいのです。
ニコニコいい人をやめたい。

何をお伝えすれば良いのかまとまらずすみません。

よろしくお願いします。

【ぴーちゃん・50代・女性・パート】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

何をお伝えすればよいかまとまらず…と
ぴーちゃんさんはおっしゃいますが、
しっかりと伝えたいことが非常に明確に
まとめられているようですよ。

●自分の足で逞しく堂々とこれからは
自分らしく生きていきたいのです

●ニコニコいい人をやめたい

どうぞ、鏡の中のご自身に向かって、

「私はいい人をやめて、
 自分の足でたくましく堂々と、
 そして自分らしく生きていく人間です」

と宣言をしてみてください。

これは自分の人生を大切に生きるという宣言です。

できるかできないかは結果論ですので、
「どうせできない」などと、今決めつけないでください。

人生、どのみち苦労があるなら、
自分の人生に正直に生きる苦労と、
自分を殺して合わせる苦労と
どちらを選択したいでしょうか。

経済的な課題に関しては、
離婚の際にきちんと財産分与はされたでしょうか。

夫に依存と書いておられますが、お互いさまで、
家事や育児は夫がぴーちゃんさんに
依存していたのではないでしょうか。

これは役割分担で、夫婦共同で家庭を運営してきており、
財産は物理的にお金を払っている方のものに
なるわけではありません。

いうなれば、ぴーちゃんさんは
ずっと無償労働をしてきたのであり、
ただ夫の収入にぶら下がっていたわけではありません。

対価を受ける権利はありますので、
ここは自信を持ってください。

お子さんも巣立つ年齢のようですので、
もし、財産分与がきちんとされているのであれば、
今の家を売却することで、
資産の半分を現金化できるでしょうし、
それをテコ入れにこれまでよりも縮小した
新しい生活を築くことも可能なのではないでしょうか。

(もし、離婚時に財産分与をしていない場合、
 離婚後2年以内に請求する必要がありますので、
 7年後の今からだと元夫の任意となりますが)

人生100年時代と言われるようになり、
日本人の平均年齢は47歳(1960年は29歳)です。

この時代に、ぴーちゃんさんの52歳を
「もう52歳」とみるのか、「まだ52歳」とみるのかは、
ぴーちゃんさん次第です。

少なくとも、世の中は高齢者の活躍を
必要としているのはまちがいなさそうですね。

資格を持っていないことを
仕事ができない理由にしているのであれば、
これから資格を取得することを検討されてはいかがでしょうか?

また、年齢、経験不問の社員募集もあり、
働きながら手に職をつけていくことだって可能でしょう。

それとも、やっぱり多少我慢して、
元姑に小遣いをもらうほうが楽でしょうか。

どうするべきかのまえに、
ぴーちゃんさんがどうしたいのかを、
ぜひもういちどじっくりと振り返ってみてください。

心の奥底の声に耳を傾けながら…

 
ーーー
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Q.初めまして。
メルマガ、いつも新たな視点を得られ、
興味深く拝読しております。
   
さて、主人が55歳で亡くなり1年半経ちました。
   
相続や仕事のことはひと段落つきましたが、
主人が好んで着ていた洋服や帽子、
靴下、靴、等をなかなか処分できません。
  
これらのものに自分のエネルギーを
費やしているとは理解しているのですが、
執着がなかなか捨てられらません。
 
このまま囲まれて過ごしていたいと思ってしまいます。
 
そう考えれば考えたで、
それでいいのか、、、、と考えてしまいます。
 
どう考えればいいでしょうか。
 
 
【こうちゃんのまま・40代・女性・経理】
 
 
―――――――――――――――――
 
 
A:FROM 川畑のぶこ

ご主人が他界されて1年半の月日が経つのですね。
 
この時間を長いと受け止めるのか、
短いと受け止めるのかは人それぞれかと思います。
 
こうちゃんママさんはこれまで
ご主人なき後の相続や仕事など
事後手続きに追われていたことと思います。
 
そう、きっとこうちゃんを必死に育てながら…
   
大切な伴侶や家族を失った後というのは、
底しれぬ喪失感の中にも
「頑張らねば」ならないことが沢山ありますね。
  
こうちゃんママさんがおっしゃるように、
手続き的なことや子育てなどで
「悲しんでる暇ではない」と、頑張ることもですが、
悲しみや苦しみの感情に圧倒されないよう、
無意識に感情を抑え込んでしまうこともあります。
 
これは、私たちは自己防衛策として、
感情に出来るだけ向き合わないよう
(それでも涙は溢れ出てしまいますが)、
ごまかすのに忙しくしたり、
別なことを考えようとしたりします。
 
このことが効果があるといいのですが、
私たちの無意識に抑圧された感情は、
いつでもはけ口を求めています。
 
もし、こうちゃんママさんがこの1年半
まだどっぷりと悲しみに浸る時間が
取れていないのであれば、
どうかその時間をとってあげてください。
 
感情に圧倒されそうになるかもしれませんが、
きちんとそれを乗り越えるちからを
こうちゃんママさんは持っていますので安心してください。
 
 
夫なしに生きていけるのか…
子どものことや経済的なことはどうしたらいいのか… 
この寂しさ苦しさが一生続くのか…
 
寂しさ、悲しさ、孤独、不安、恐怖を避けようとせず、
素直に感じていることを感じつくす時間をとってください。
 
このプロセスはこうちゃんママさんの
癒やしに大切なものです。
 
そして、悲しみを味わいつくしたら、
心の中でぜひご主人と対話をしてください。
 
 
こうちゃんママさんは
ご主人に手を合わせることがありますか?
 
そうであれば、彼はもう存在しないものではなく、
どこかはよくわからないけれど存在していて、
今でも愛する妻と子を見守っている存在
として受け止めていることでしょう。
 
そのどこかにいる彼と意識的に関わり合ってください。
 
ご主人とのつながりを感じる努力で、
さりげない日常のあちらこちらに
彼の愛ある息遣いを感じられるようになるかもしれません。
 
終わりなのではなく、これまでとちがうかたちのつながりを
発見できるようになるかもしれません。
 
そのことで、彼のモノに過度にしがみつく必要も
なくなってくるのではないでしょうか。
 
 
このように、服を捨てるべきか、とっておくべきか、
ということは二の次であることが
おわかりいただけることと思います。
 
こうちゃんママさんが、今もご主人のたましいと共にいて、
こうちゃんと温かい日々が送れますように。

 
ーーー
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20210913

FROM 川畑のぶこ

今日は、まるさん(20代・女性・大学生)
のご相談にお答えします。

【Q】
コロナ禍になって
自分の心と向き合うことが増えたのですが、
最近、人間の生きる意味とは
なんなのだろうと考えています。

私は、生きる意味と理由は別だと考えていて、
生きる理由は、例えば子どもを育てるため、
美味しいものを食べるため、推しを見るため、
などが考えつくのですが、
生きる意味が考えても出てきません。

自発的に生まれたわけではないのに、
なぜ人は生きたいと思うのでしょうか。

漠然とした質問で恐縮ですが、
よろしくお願いします。    

   
【A】
私たちは一体、
何のために生きてるんだろう、
いつかは死んでしまうのに、
なぜ生きてるんだろうという
人生の根源的な疑問、悩みは尽きませんね。

こと、今回のコロナのような災いがあった
ときなど、そのような思いが浮き彫りに
なることもあるでしょう。

私も10代の頃、このような哲学的な思索に
ふけることがよくありました。

一体どこから来て、
どこに向かっているんだろう、
なぜ私の人生はこういう人生なんだろうと、
考えることがありました。

今回のまるさんのご質問に
「これが答えです」と
私がお答えすることはできません。
生きる目的は人それぞれ違うと思うからです。

ただ、ヒントと言いますか、
私自身が、その当時思い至った考え方で
しっくりきたものがありますので、
ご参考まで、それをお伝えしたいと思います。

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Young,Hiker,Legs,Hiking,On,Mountain,Peak

Q.独身で実家暮らし、精神的にも自立できていないです。

家族や友人、周囲の人には恵まれていて、
すごく感謝をしているし、
感謝の気持ちを伝えることも出来ているのですが、
自分に対してはただただ厳しく、
今の自分をいつも許すことが出来ません。
 
いつも不安でネガティブ、
人と比較もしてしまうし、自分に対する要求が高い、
そのくせどこかに逃げ道を探しているような自分が嫌です。

自己啓発本や心理学の本を読んでは、
元気になることもあるのですが、
やはりいつもの思考パターンに戻ってしまいます。

悩みにエネルギーを使うのではなく、もっと有用なこと、
全力で勉強でも出来たらよっぽど人生が豊かになるのに…
と思いますが、悩むことが通常になっています。

その結果疲れてしまって本当にもったいない…

自分の人生を生きる覚悟も勇気も無いのだと思います。

好きなこともやりたいことも、
抑えてしまううちに鈍感になってきた気がします。

本当は人に勇気を与えられる人になりたいのですが、
自分がこんなのでは…と絶望してしまいます。

楽しく自分の人生を生きたいです。

【ジュンコ・30代・女性・鍼灸師】

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A:FROM 川畑のぶこ

ご自身への要求が高くて、
そのくせ逃げ道を探しているご自身に
嫌気がさしてしまっているのですね。

実は、要求の高さと逃げ道は(大切な)セットです。

ただし、ここは少し言葉を変えてみたいと思います。

逃げ道を、プランBとしましょう。

もっと逃げ道があるなら、
プランC、プランDと増やしてもいいですね。

人生にはいろいろなルートがあるのですが、
ジュンコさんなりの理想のルート=プランAがあって、
それ以外を許していないことが
苦しみを生み出しているのかもしれませんね。

ジュンコさんは登山をされたことはありますか?
 
登山ルートは、
遮る樹木の少ない急勾配の険しいルートもあれば、
時間はかかるけど、
緑も水も豊かでなだらかなルートもあるでしょう。

でも、目指す山頂は一緒で、
どの道が正しいというものはありません。
登る者がどちらを好むかだけの問題ですね。

険しい登山ルートに迂回ルートがなければ
私たちの命は危険に晒されるように、
私たちの人生にもつねにさまざまなルートが
準備されている必要があります。

ですから、ジュンコさんも、
別プランを立てていたご自身に無意識の防衛機制が
ちゃんと危機管理をしていたことを称えてあげましょう。

ジュンコさんのプランAが、
己の限界を超えることで修練しようとする厳しさからくる
プランなら、まずその設定のしかた自体を
見直してみるのもよいかもしれません。

もちろん、そのようなチャレンジに
刺激や達成感や喜び・楽しさや生きがいを感じて
前進する人もいるでしょうが、
そのような人はやらねばならないからやっているのではなく、
やりたいからやっている、
そもそもプランBに興味がないのかもしれませんね。

思いやりとやさしさから、ジュンコさんの心が躍動するプラン
を考えてみることをおすすめします。

まず、さまざまなルートがあって良いし、選んで良いと
ご自身に許可を与えてあげてください。

ジュンコさんは人に勇気を与えたいとのこと。

ジュンコさんが元気づけたい相手が、
「プランAでない私はダメだ」と嘆いていたら、
どのように勇気づけるのか、想像してみてください。

その言葉を自分自身にかけてあげてください。

人の苦しみを取り除き、安らぎや喜びを与えたいと願うなら、
まず、自分自身にそのように接してください。

親友と接するように、優しさと思いやりをもって
ご自身と関わってみてください。

人生の山頂とは「幸せの体験」です。

厳しさよりも優しさの実践のほうが
難易度は高いかもしれません。

ぜひ、その大きな課題にチャレンジしてみてください。

応援しています!

  
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Q.人生が全く上手くいかず、先も見えません。

親とも姉とも折り合いが悪く、家を出て25年以上、
連絡もとらず一人で生きてきました。

彼もいませんし、結婚したいと思った事もありません。

仕事は出来る方みたいで、
どの会社でも褒められていました。

でも、予算がないからとクビになり、
セクハラを相談すればこっちがクビになり。訴訟しても赤字。
そんな感じで何社も転々としてきました。

そんな中で去年、交通事故。ひき逃げされました。

加害者は捕まらず、治療費も全部自費。
後遺症が残り身体も醜くなり、辛いです。
障害者認定などは対象外でした。

そしてコロナで失業。
怪我のハンデもあって次の仕事は見つからず。
スポーツが趣味でしたが、
それも怪我で出来なくなりました。

何か別の趣味でも見つけられないかと、
手芸や本、映画などいろいろしてみましたが
すぐ飽きてしまいました。

痛みもあって集中できず、
何が楽しいのか・・・と冷めていくだけでした。

私の人生なんだったんだろう。
何が悪かったんだろう。

このまま何の役にも立てず、死を待つしかないのか。
医療費もかかり、貯金もそろそろつきます。
行政に何度も相談もしましたが追い返されました。

毎日泣いています。
でも、部屋だけはキレイにしないと落ち着かなくて
痛みを堪えながら掃除してます。

部屋の掃除しない人が仕事で活躍して、
家庭を持っているのに。

私は何もできず残せず、なんてみじめなんだろう。
そんな思いも消えません。

何かお言葉があったら、どうかよろしくお願いします。

【こまき・40代・女性・無職】

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A:FROM 川畑のぶこ

家族関係、異性関係、仕事の問題、
事件と事故による後遺症と経済的問題…

さまざまな苦労を経て、
人生に失望されているのですね。

こまきさんの体験を想うと、
ご自身が私の人生いったい何なんだろうと思う気持ちが
分かりますし、そのような状況をなんとかここまで
よく乗り越えてこられていると思います。

ただ、ここでこまきさんに忘れてほしくないのは、
そのような経験を経ているこまきさんだからこそ、
ご自身が意図しないところで多くの人に
勇気や希望を与える存在にもなり得るということです。

こまきさんは、
「自分は人の役に立たない」とおっしゃっていますが、
経済的、または物質的な生産性を高めることだけが
人生や人の価値ではありません。

ここを履き違えてしまうと、
病気や怪我や事故に遭遇したとき
(そして人生でこれらは誰にでも起こりうるものです)
人生は苦難に満ちたものになってしまいます。

こまきさんにとって「人生がうまくいく」とは
何を意味するのでしょうか?

それは「人生が思い通りにいく」ことを意味していますか?

そうであれば、残念ながら
人生がうまくいくことは諦めたほうがよさそうです。

なぜなら、人生とはままならないことだらけで、
それをいかに受容し、しなやかに対処していくかが
問われるものだからです。

親も姉妹も、彼も夫も、仕事も職場の人間関係も、
赤の他人も、すべて思い通りにはならない、
ということを信頼してください。

なにせ、自分自身ですら思い通りにならないですからね。

問題を探して排除することが大事なときもありますが、
人生のすべての問題は排除できません。

完璧にチャレンジすることはできても、
常に完璧でいることは不可能です。

相手も、自分も、です。

みんな、不器用で、いびつで、弱い部分を持ち備えた、
それでも自分なりの限界の中で、最善を尽くして、
愛や平和を実現したい(あるいは取り戻したい)
という動機から生きる、愛すべき存在です。

完璧を求めると、どうしてもジャッジ(裁き)が
はじまってしまいます。

人生に良いことや好ましいこともたくさん起きているのに、
それは棚上げして、ネガティブな面ばかりに
目がいってしまいがちです。

こまきさんには、自分に起こっていることを受け入れ、
自分の存在を許し、ジャッジを愛ある好奇心へ変える実践を
ぜひしていただきたいです。

大変なこともたくさん起こるけれど、身の回りで起きている、
好ましいことや讃えるべきことは何だろう、
この苦労から学べることは何だろうと、
苦労に意味を見出す努力をしていただきたいと思いました。

苦労を受け入れ、乗り越え、前進している人が
この世の中に存在するだけで、
それは多くの人に多大なエネルギーを与えているのです。

お金は生産しないかもしれない、物も生産しないかもしれない。
でも、勇気や感動を与えることができます。

痛みを体験した人は、
人の痛みを理解することができるようになります。

真に相手に対して思いやりを持って生きることが
できるようになります。

この思いやりや優しさは
人生でもっとも価値有るものではないでしょうか。

こまきさんが自分自身に起きていることや
自分の存在を否定している限り、
相手や世間にも厳しくなるでしょう。

そこに調和や愛は存在しにくくなります。

まずご自身を受け入れる優しさから始めてください。

こまきさんは読書も飽きてしまったとのことですが、
ぜひ読んでただきたい本があります。

私の好きな心理学者で精神医学者の
ヴィクトール・フランクルの著書です。

フランクルはナチスのホロコーストにより
結婚後9ヶ月で強制収容所に収容され、3年間を過ごします。

その間、父と母と妻は収容所で死亡します。

収容所の中では、明日は殺されると
己のみに起こることを案じる者もいれば、
明日は収容所を出られるかもしれないと
希望を持つ者もいたといいます。

美しい夕日にうっとりしたり、小さな祈りを捧げたり、
パンの一切れを分け与える者もいたとのこと。

フランクルは、苦難の中にも
人生に意味を見出す力こそが
人生を切り開く原動力になるという立場から
「ロゴセラピー」という心理療法を確立します。

フランクルの著書には素晴らしいものが多くありますが、
「それでも人生にイエスという」という本は読みやすく、
こまきさんにもおすすめですので、ぜひご一読ください。

最後に、フランクルのいくつかの言葉を
こまきさんへのエールとして贈ります。

「あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの。
それは、与えられた運命に対して、
自分の態度を選ぶ自由であり、
自分のあり方を決める自由である」

「たとえあなたが人生に絶望しようとも、
人生があなたに絶望することはない。
何かや誰かのためにできることがきっとある」

  
  
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