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毎週月曜日、読者の方のお悩み相談にお答えしている、
川畑のぶこ「ココロの学校」メールマガジン。

本日は、川畑のぶこが急用のため
代わりまして、事務局の山本よりメルマガをお送りします。
いつものビデオメッセージではございませんが、何卒お許しを。

食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋…
皆さん、どんな秋をお過ごしでしょう?

スマホをいじっている人が多い電車の中、
先日は、参考書を開いて熱心に勉強している人をちらほら見かけ、
「資格試験の秋だなぁ!」と実感。
(私だけでしょうか?笑)

うちの近くの学校が試験会場になり、
その前の道がまるで繁華街のように、
年に一度の大渋滞になる光景もセットで思い出され……。
その日も多分もうすぐです(笑)

さて、日頃のセルフケアに必要かつ有効として
「ココロの学校」メルマガの中で川畑のぶこが頻繁にお伝えしている
ことの一つに、「執着を手放す」というものがありますが、

この「執着」が、意外にも「資格取得」という行動にも関係している、
という話が川畑のぶこの書籍の中にありましたので、
皆さんにシェアします。

*  *  *

<書籍『メンタル断捨離で心の換気!
         「怒り」をすっきり整理する』より>

「執着ほど人間を悩ませるものはない」というのは仏陀の言葉です。

執着とは、「何が何でも」と、必死にその状況にしがみついたり、
徹底的に他者や状況をコントロールしようとしたりする、
視野が閉ざされた状態。

「こうあるべき」という前提があることによって起こるので、
そうならなければ不安や恐怖を生み出し、
コントロールするために怒りとなって表出します。

*  *  *

怒りから解放されて、しなやかに生きていくためには、
「希望を持ちつつも執着を手放す」という姿勢が必要になってきます。

執着しているときは、
「何が何でもこうあらねばものごとや人生が機能しない」という
不健全な思い込みや前提がベースになって
心が詰まって閉ざされた状態ですが、

希望を抱いているときは、
「こうしたいしするけれども、たとえそうならなくても何とかなる」
というような、健全な思考がベースとなって、心が開けた状態です。

たとえば、何かの「資格をとる」という目標を持ち、
そこに向けて最大限の努力をしたとします。

そのときに発している、あるいは頭の中にある言葉に注意してみます。

「資格をとりたい」とか、「資格をとろう」という
「ーしたい」「ーしよう」というような言葉が使われているのであれば、
それは希望を抱いている姿勢であることが多いはず。

そのことに深い関心を持っていて、
その結果を得ることを想像すると心がときめくでしょう。

一方、それが執着からくる姿勢であれば、
「資格をとらねば」とか「資格をとるべき」という
言葉を使っていることが多いはず。

自分がそのことに関心があるかないかは関係なく、
そうでなければ仕事や生活、または人生が機能しないという状態です。

ここに心のときめきは存在せず、プレッシャーやストレスがあります。

*  *  *

資格があるに越したことはないかもしれませんが、
なくても人生は機能するでしょう。

世の中には資格を持っていなくても
健全に、そして幸せに生きている人は無数にいるわけです。

むしろ、資格をとってしまったが故、本当はさして関心がないのに、
世間の価値観を軸にその資格を生かさねばと、
自分の本性から離れてしまった人生を生きることにもなりかねません。

これはモーツァルトのような音楽の天才が
会計士の資格をとってしまったので、
その資格を生かす仕事を探して評価されようとしてしまっている
ようなものかもしれません。

*  *  *

私は時折、臨床現場で、
そのままでもとても素晴らしい個性と魅力ある人物が、
なぜか多くの資格を持っていながら、自信がなく苦しんでいるという
ケースを見ます。

それがある分野に特化した一貫性のある資格であれば、
自分の関心を掘り下げていったのだなと理解できるのですが、
まったく一貫性のない資格なのです。

しかも、資格をとればとるほど、
自分に自信がついてリラックスして過ごせるようになったかといえば、
その逆で、資格が増えれば増えるほど「これでもまだ足りない」と、
いつまでたっても満たされない状態になってしまっているのです。

これは希望からではなく、
ベースに不安や恐怖のある執着から資格をとっていったからです。

関心や興味のない分野で資格をとって仕事にしても、
モチベーションが低いためよいパフォーマンスもあまり期待できない
でしょうし、がんばって結果を出しても徒労感に苛まれかねません。

自分が抱いているものが執着なのか、希望なのかを
確認することが重要です。

希望を持ちつつ執着を手放すというのは、
「人事を尽くして天命を待つ」という境地。

ときには自分ではどうしようもない、
見えない働きかけに身をゆだねてみると、すーっと楽になれるでしょう。

<ここまで>

*  *  *

「資格をとる」ということ自体はとってもポジティブかつアクティブ。

でも、自分の思いのベースにあるものが「ーねば」「ーべき」だと、
それは「執着」でしかないということのようです。

せっかく時間をかけ、勉強するのですから
(そしてお金もかかりますね(>_<))、
「ーしたい」「ーしよう」と心から思える、自分の個性にぴったりの資格
に出会い、希望を持って、そこへ向かっていけたら幸せですね!

ー川畑のぶこ公式サイト運営事務局
山本響子

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150907

皆さん、こんにちは。川畑のぶこです。

私の背後にあるのは、新しいピアノです。
皆さんにはおそらくグランドピアノに見えると思うのですが、
実は、グランドピアノ“風”の電子ピアノなのです。
(ハイブリッド・ピアノと呼ばれるらしいです、笑)

この家は設計上、大きい引き戸や窓がなく、
以前あったアップライトピアノが入らなくなってしまったので、
それは友人宅にあげて、その家にあった電子ピアノを借りていたのですが、
息子も最近ピアノを習い始めて、長く続きそうな感触なので、
この機会にグランドピアノ型のものに買い替えたというわけです。

今回、このグランドピアノ“風”が入ったことによって、
その昔、一度は音大を目指した私の夢が一部叶ったということもあり、
ちょっとウキウキ、モチベーションが上がっています。

さて、今日は40代のよしさんという方(性別は分かりません)からの
「怒られるのが怖い」というお悩みです。

「仕事などで怒られた時に、とにかく怖くなってしまいます。
『もうこの人いらない、首にしたい』と思われているのかとか、嫌われたとか、恥ずかしいとか、
怒られた内容とともに、色んな思いがくっついてきて、血の気が引きます。

萎縮してしまい、動機がしてしまい、どうしたらいいかわからなくなります。
残りの時間も、家でもずっと引きずります。
失敗するのが怖くなり、もう仕事に行くのが怖くてしかたなくなります。
それで辞めてしまったこともあるし、その恐怖があることで、
仕事が長く続けられないという思いがあります。

心におこる動揺をどうしたら、扱えるようになるか知りたいです。」とのことです。

とても繊細で真面目な方なのでしょうね。
仕事や周囲の人々と誠実に関わり合おうとしていることが、文面からも伺えます。

まず、「怒られた」のか、はたまた「注意された」「間違いを正された」のか、
そのどちらなのかを、正しく捉えましょう。

そして、ご自身がおっしゃっている「色んな思いがくっついてきて、血の気が引きます」
という点について、この「色んな思い」というのが、
実際に相手や周囲が思っていることなのか、よしさんがそのように思い込んでいることなのか。
ここをきちんと区別していくことが、大切です。

人間というのは、失敗を免れない存在だというのをきちんと知っておくことも必要ですね。

続きは、ビデオでお話ししています。

https://youtu.be/5QoJf_Smf_I

 

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maxresdefault (3)

皆さん、こんにちは。川畑のぶこです。
立秋とは名ばかり、暑い日が続きますが、お元気でしょうか。

前回のメルマガでもお伝えしましたが、
ロサンゼルスに旅立つ前日、晴れて、私の足からはギブスが外れ、
今はもうサポーターを着けるのみで、自在に動けるようになりました。
今日は後ほど、松葉杖を整骨院に返却しにいく予定です。

さて、今回は「夫の性格を変えたい」というご相談をいただきました。

「結婚25年ですが、もうずっと夫のことを尊敬できません。
年齢とともにますます向上心がなくなり、愚痴が増える一方で、
一緒にいると強いストレスを感じます。
(中略)
今すぐにでも別々に生きていきたいですが、
私は再婚なので、また離婚となると親に申し訳ないし、
娘のためにもどうしても離婚は避けたいのです。
でも、娘が独立した後の二人きりの生活を考えると、絶望的な気分になります」

というお悩みです。

愛し合って結婚した。
当時は相手のことを尊敬できて、結婚したとしても、
時間がたつと関係性はどんどん変わっていきます。

人生は本当に無常で、その状態が永遠に続くことはありません。
約束したのだから、それが永遠に続くと思うと、裏切られることも多いです。

残念なことではありますが、夫も妻も変化します。
起こり得ることが起きている。
その変化に自分がしなやかに対応できるかどうかには、
「結婚観」、結婚をどう捉えるかということが大きく関係してきます。

また、結婚生活では「どれくらい許容できるか」「どこまで妥協できるか」
も試されますね。

「別々に生きていきたいが、自分は再婚なので、また離婚となると親に申し訳ない。
娘のためにも離婚は避けたい」という点については、今一度、
親御さんの立場、娘さんへの影響についても、考え直してみる必要がありそうです。

結婚を続けるにしても、離婚するにしても、いずれにしても「苦しみ」は伴います。
であれば、より全体性を俯瞰し、それぞれの人生に何が健全に機能するのか
というところも丁寧に見ていきましょう。

そして、何よりご自身のケアをお忘れなく。
自分に厳しい人は、他人にも厳しくなりがちです。
自分自身から厳しさを外すことで、人にも優しくなることができ、
結果、楽に生きることが可能になることがあります。

続きは、ビデオでお話ししています。

https://youtu.be/zFFA2ARx9d0

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young beautiful girl in the summer on vacation

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――――――――――
【Q】仕事をやめたことが、うしろめたいです

長年勤めた職場を退職しました。
理由は自分の気力、体力、能力に限界を感じました。

相手のある仕事で、とてもやりがいのある仕事で、
職場の人間関係もまずまずだったと思います。

しかし、上述の通り
(特に能力…カバーする為に勉強する等の気力もなく…)、
誰かの役にたちたいと思って仕事を始めたのに
このままではかえって人に迷惑をかけてしまうと思ったのです。
(私の変なプライドもあったのだと思います)。

退職する前は元々人見知りで、
それに強迫観念的なところもがあったのが少しずつ強くなって
朝早くから出勤して人が帰ってしまうまで職場に残り、
仕事内容の確認を何度も繰り返し、上司にも相談して
仕事量を調整してもらってからもその状態が続きました。

職場に15時間以上いる事が普通になって
家庭の事はないがしろにしていました。

それでも仕事は溜まる一方で、色々考えた結果退職しました。

ただ退職後も家庭の事はあまり出来ず
かえって子供の学校行事に参加するのも億劫になってしまい、
仕事より家庭が大事と思った割には思うように出来ていません。

収入は殆ど0円で、退職金は全て住宅ローンの返済につかってしまい
今は貯金を崩して生活しています。

夕食の準備はなんとかやっていますが、
それ以外は大したことはせずゴロゴロしてばかりでです。

子供の教育上よくないなぁって自分で思うのですが、
片付けようとしてもすぐ手がとまり気力がわきません。
自分がふがいないせいなのに子供に八つ当たりしてしまいます。

子供の一人は高校中退で仕事もせず家にいます。
別の子供は受験生で、本来なら今からが出費も重むから
なんとか収入を増やすか出費を減らすかしないといけない
とは思っていますが…。

とりあえず今年1年と子供の進学(公立)費用は
貯金でなんとかなるとは思っています。

でも本当にこんな生活でいいのでしょうか?

リフレッシュして気力と体力をつけて
早く仕事を出来るように今は思うのですが、
ちょっと新しい環境に入っていけない気もするし、
でももうすぐ50歳になるから再就職は難しい気もするし、
でもせっかくだからこの1年は
リフレッシュに重点をおけばいいとも思うし…。

でもやっぱり仕事をしていない自分が後ろめたくて
外出するのにも気が引けて…
ちょっと引きこもりになってしまっています。

そんな自分にイライラしてしまいます。

退職する時は、自分から退職するなんてこのご時世では
贅沢な事だし一回リセットする為にちょっと違う経験を
してみようと思っていたのですが…。

だらだらと書いてしまいました。すみませんでした。

【40代 無職 匿名希望】

―――――――――――――――――――――――――――――
【A】
FROM 川畑のぶこ

人生の大きな変換期にいらっしゃるのですね。

長年勤めて来た会社を辞めてキャリアチェンジをする、
このようなときに不安定になるのは匿名さんに限らず
誰にでも起こり得ることですので、
まずは想定内のことが起きていると思って
少し気楽に構えてみてくださいね。

気力・体力・能力の限界を「素直に認める力」
というのは素晴らしいものです。

私たちは心の奥底で限界が来ているのを感じていても、
限界を尊重することなくそれを頑に否認して頑張りすぎてしまい、
いずれ破綻してしまうことも多いものです。

限界を尊重するということは、自分を大切にすることであり、
周囲との調和をはかることでもあります。

勇気を必要としますが、その勇気をよく出されましたね。

新しい仕事を始めていなくても、
仕事が無い状態自体が新しい環境です。

新しい変化に適応するまでは、ある程度の時間がかかる
でしょうから、焦らずに、じっくり腰を据えてみてください。

他者と比較することなく、自分自身のタイミング、
個性を大切にされてください。

恐れがでたときは、
『雨風を凌ぎ、日々の糧を得るだけの先祖代々の智慧が、
私の中に生まれながらにして備わっている』
と信頼してください。

また、
『困難を学びの機会として、人生に活かす先祖代々の智慧が、
私の中に生まれながらにして備わっている』
と信頼してください。

これはご自身だけでなく、ご家族も同様です。

理想を言ったらきりがありませんが、
それぞれが個性を大切にしながら、それぞれの人生を切り開く力は
生まれながらにして持ち備えています。

今後のアドバイスとして、既にご自身もお気づきのようですが、
どうやら「全か無か思考」が強くはたらく癖があるようですので、
ファジーな部分もときには大事と意識して、
許容する姿勢を育んでみてください。

白か黒かはっきりしなくても、人生は機能しているという事実
をじっくり観察して、ご自身の人生に落し込んでみてください。

結果だけでなく、そこに心を込めて取り組むプロセスや道自体が
私たちの人生に大きな影響を与えていますし価値のあることでしょう。

人からの評価の前に、自分に最も近い自分身が自分を評価して
あげることも大切です。

人から接してもらいたいように自分自身に接しているかを振り返り、
人を喜ばす前に、自分が喜ばす努力をしてみてください。

するとエネルギーが湧いてきて、自分が真に関心を寄せること
への向学心も湧いてくることと思います。
知らず知らずの内に不安も消えていることでしょう。

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――――――――――
【Q】私の子育ては間違いでしたか?

高三男子・高一男子・小六女子の母親です。
フルタイムで働き、保育所や実家の両親に助けられて
子育てと勤務と家事をしてきました。

何とか両立して続けてきたのですが、実はどれも中途半端
ということがこの一年で形となってきています。

夫はまじめで厳しく(時間にも結果にも)、
中途半端な結果となった子どもの学業や生活に
怒りを隠せなくなっています。

早朝5時半起床、学年で◎番以内でならなければ
部活をやめさせる、守れないときは坊主になれ・・など
マイルールを決め、家族が守れないと怒り、
怒鳴ることも多く、従っている状態です。

モラルハラスメントの状況と考え
「怒鳴らないでほしい」と訴えるのですが、
「正しいことを言っているのを守らないのがいけない。
怒鳴らせているのはお前たちの方だ。
ちゃんとしてれば怒らない」と言われ反論ができません。

子どもの生活態度(片付けや早起きができない)や
成績が規準に及ばないことを指摘され
私も仕事をやめるよういわれますが、
子どもが幼いころから忙しさにかまけていた負い目がある
ため何も言えません。

高校3年生はほぼ浪人が決定し、
小6も中学受験に良い結果が出せませんでした。

今問題なのは高校1年男子です。
昨年の高校受験は地元のトップ高校の受験をするよう
親から言われましたが、成績が及ばないこと等で
その高校へは行きたがらず、他の高校を志望し合格しました。

文化部に入部して熱心に活動しています。
しかし、起立性調節障害と考えられる頭痛や吐き気で
休むことが多く、成績も底辺まで落ちてしまい、
履修単位も足りなくなる可能性がある状況となっています。

一方で男親から「志望校のランクを下げたから
トップグループに入らなくてはならない。
50番以内でなければ部活をやめさせる」と入学直後に言われ、
順番の締め付けが時とともに厳しくなっています。
欠席しがちなことも成績が芳しくないことも隠している状態です。

先日、テスト結果提出を責められて
自分で偽造した順位結果を男親に渡していました。
部活を続けたい、責められたくない気持ちがわかるだけに、
子どもが間違ったことをしたことを私は注意できませんでした。

偽っていることが判明した時、男親がどのように怒り、
罰を与えれるのか、恐ろしいです。
家から追い出されても構わないとも思いますが、
その時、小6の子はどうなるのか・・。

相当なストレスがかかってしまっている子どもを守りたい、
しかし間違ったことをしている、
やり直すためには私は仕事を辞めるべきなのか・・
何をすべきかわからなくなっています。

長い文章で申し訳ありませんでした。

【匿名希望様 49歳 医療従事者】

――――――――――――――――――――
FROM 川畑のぶこ
A:
保育所やご実家のご両親に助けられながらの
3人の子育て、よく頑張ってこられましたね。

子育ては人の手を借りること無しにはできません。
保育所やご両親には感謝ですね。

父親の理想通りではないにしろ、お母様ご自身がここまで
「その時点でのベスト」をつくしながら一生懸命やって
きていることは間違いないと思います。
そのことを認め、どうかご自身を褒めてあげてください。

さて、これまでを振り返って今後どうするかということ
に関しては、どうするべきかと考えるより、
ご自身がどうしたいかということを軸に考えてみること
をおすすめします。

子育てに「正解」を見つけることは安易なことではなく、
全ての子どもにとって、また全ての親に取って、
これが正解というものも無いでしょう。

あるとすれば、愛を持って育てる、ということにつきる
のではないでしょうか。

無論、愛は甘やかしではありませんし、愛の表現は
人それぞれ違うでしょう。
ただし、正論をかざして、他人の権利を奪うことを
してはいけません。

「成績がトップであることが正しい」という父親の論理は、
あくまでも個人的なものであって、本当にその論理が
家族の全てや世の人々の人生を豊かに幸せにするかという
視点ではNOなのです。

父親からすれば、
「将来苦労して欲しくない。幸せになって欲しい」という
気持ち、すなわち彼なりの愛の表現かもしれません。
ただし、それが我が子にとって正解かどうかはわかりません。

あくまでも「我が子のケース」「我が家のケース」を
丁寧にみていく必要があります。

人生の目的は幸福を体験すること。
この視点に立ったときに、どの選択が正しいのか、
振り返ってみていただきたいです。

ご自身の怖れは「父親の言う通りで、成績が芳しくないのは
私の育て方が間違っていたから」と思いにあるかと思いますが、
それは心のどこかでお母さんご自身も
「成績がトップであることが正しい」という父親の非合理的な
価値基準を採用してしまっていることによってわき起こってくる
罪悪感でしょう。

事実は、世の中には成績の良い人もいればそうでない人もいる。
ただし、成績が良い人間だけが幸せになるわけではなく、
成績に関わらず、子どもはそれぞれの豊かで魅力的な個性を
もって、それぞれの人生を切り開く能力を生まれながらにして
持っている。

彼らなりに幸せに生きることは可能だ。
ということが事実で健全ではないでしょうか。

「私(たち)」のケースはいったい
何が健全かといまいちど考え直してみて欲しいと思います。

また、人生における大切な判断を下すのに逡巡した結果、
どうしていいか分からないときには、頭で答えを出そうとする
のではなく、心で答えを出してみることです。

どうか母親の直感を使ってみてください。
直感とは知性以外からくる叡智です。

* * * * * * * *
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断捨離メルマガ読者の方からいただいた、
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――――――――――
【Q】家庭持ちの彼と一緒になりたい

はじめまして。
いつも川畑さんの相談コーナーは
楽しみに読ませていただいております。

今日ご相談したいのは、私の気持ちの持って行き方です。

大好きな彼がいます。私も彼も家庭持ちです。
私の家庭は特に問題があるわけではありませんが、
結婚して25年ほども経ち、子供も成人した今、
今後の人生を考えてもおかしくない。そう思っています。

たぶん主人とは、たとえ離婚したとしても
お互いに友達関係になって、お互いの人生を歩んで行ける
と思っています。

しかし、彼の方が問題です。
彼は今の奥様と、知り合って2ヶ月しないうちに
お子さんが出来てしまい結婚。
しかも一緒に暮らしてみるとどんどん性格が正反対だと気づき、
お子様は今中1。

また、奥様の義母も同居。そのお話はかなりすさまじく、
義母と奥様とで、いわゆる逆DVの生活だったそうです。
もちろん、言葉や態度のです。

数年前からは自分の部屋で一人で食事です。
お正月もなにか気に入らないことがあれば正座をさせられて
説教、子供とは外に出かけたこともないそうです。
お風呂も一緒に入ったこともない…

そんな生活を13年間、でも子供の笑顔だけが頼りの日々
だったので、私と出会ってお互いに心底愛しあって
私と再婚したい、でもやはり心の救いだったお子さんと
離れたくない葛藤・・・

そんな中、つきあって3年目の去年から徐々に
奥様に離婚話を始めました。

もちろん聞き入れるわけもなく(ただ、その2年前には
奥様から、子供が成人したら一緒にいる気はない!と
言われたそうです)、
しかし、どうして今?と言われ続け。

最終的に去年の春に、奥様が子供を引き入れてきて離婚話。
結果は彼の想像と違い、問題ないと思っていた子供の方が
離れたくないと泣き喚いてしまった。

それからお子さんは不安定になり学校で盗みや、
家からお金を持ち出すようになったらしいです。

そうなると、離婚どころではなくなり…当然ですが。

しかし私の気持ちは晴れませんでした。
頭では理解してるけど、離婚話にまでなって、
彼との再婚を現実に描いていた。
それをなかったことにできなくて…悩んで悩んで。

そこであるとき、そんな状況さえも不信に感じるようになり、
真面目で嘘をつかない彼の携帯を覗いてしまいました。

何もないと確信していたその中身は、過去の女性たちとの
不倫の写真やメール…
そこから信じる気持ちが崩れていきました。
彼は私と出会う前の事だと。それは確かです。

だから気にしなくてもいいと思いつつ、女性関係がほとんど
なかったと聞いていて、過去の話で私を傷つけたくなかった
と言いますが、それを信じようと頑張ったり、
また思い出したり。。。

でも今私が悩むことは、やはり、今の方との離婚です。
きちんと離婚してくれれば、すべて忘れることができるのに、
今のままでは、不信か現実の子ども思いな正しい姿勢か
どちらを思えばいいのか…頭の中がぐるぐるです。

確かに彼は悪い人ではないのです。
結婚当初からの過酷な家庭内のいじめと孤独な生活の中で
浮気したくなる気持ちも当然です。

そしてそれを、人生初めて本当に愛する女性と出会えたと
言ってくれる。私への愛も本当だと思うのです。

そして、今のお子様の思春期の状況を見るとそれも頷ける。
また、その過去の女性関係が奥様にばれてしまい
去年秋には修羅場になりました。

そんな奥様と義母ですから、彼の両親にも言いつけ、
呼び出し家族会議まで。

その後彼は今まで以上に、お金も行動も制限され、
まるで地獄のようです。なのになのに、そんな環境の中でも、
結局子供の為と、今は離婚できない…そうなっています。

子供はいずれ離れていくから、それまでは子供の為に
生きなければ。。。と

でも、私とは一緒になりたいと言ってくれます。
かならず迎えに行く。と

普通なら私も家庭ある身、じっくり待てばいいのは
わかってるのです。
でも理解しつつ、やはりヤキモチ?嫉妬?

その恨んでいるとまで言ってる奥さんと一緒に暮らして
いることが許せなくて。。。

彼は、その人(奥様)の存在は関係ない。と言います。
とにかく今は子供の為と。。。

私がわがままなんですよね? わかっています。
でもまだ数年この生活が続くと思うと苦しいのです。
そんな苦しい気持ちで付き合っているから、
二人の相性はピッタリなのに、
そんな余計な会話でギクシャクしていく
壊したくないんです。

私の気持ちの持ち方?ですよね
どうしたらまた希望を胸に付き合っていけるのでしょう。。。

【40代 会社員 101様】

――――――――――――――――――――
FROM 川畑のぶこ
A:
心から愛する彼が今の妻と離婚してくれない
そして私と結婚してくれない。

「離婚」に「結婚」、どちらも形式的なことですね。

101さんが、彼との関係性そのものではなく、
この形式にこだわりがでてくるのはなぜか、
静かに振り返ってみたことはありますか?

愛にはいろいろなかたちがあると、ゆとりをもって
構えられない
性急に「目に見える結果」をせまる自分がいるのはなぜか、
内省したことはあるでしょうか。

心から愛し合っている。信頼している。でも疑いもある。
この堂々巡りはどこからくるのでしょう。

かたちにしがみつく執着心は多くの場合
恐れからやってきます。

101さんの恐れ ー それは、
「彼は本当は私をそこまで愛してはいない。」
ということではないでしょうか。

故に「奥さんより私を愛しているその『証拠』に離婚して
私と結婚して」という気持ちが、湧き起こってきては
いないでしょうか?

『証拠』さえあれば安心できると。

本当に愛し合っている確信があるのであれば、
性急に結果を求める必要もなく、証拠を必要としません。
誰かと自分を天秤にかけて相手を図る必要もないでしょう。

決して自分(たち)の思い通りのタイミングや形ではないし、
それは残念なことだけれども、私たちの中にある愛は
変わることは無く、必要なタイミングやかたちで
それが成就されると自分も相手も信頼できるのではないか
と思うのです。

愛にはいろいろなかたちがある。
これが個性豊かな私たちの愛のかたちと。
本当に愛し合っている確信があるのであれば、ひと呼吸ついて
俯瞰的な視野から対応できるのではないでしょうか。

そのような心持ちがあれば、悩みは解消するのではないか
と思います。

101さんも冒頭で綴られているように、問題は彼の行動では
なく、それをどのように受け止めて、しなやかに対応するか、
101さん自身にかかっていると思います。

愛が試されているのかもしれませんね。
愛は独り占めしないと損してしまうでしょうか。

愛する我が子を思い、離婚はこのタイミングでは無いと、
愛する彼が悩んだ結果決断する。
それを尊重できない気持ちはどこからくるでしょうか。

ご自身の子どもが、同じような状況におかれて、
同じように泣き叫び自分のもとにいるよう懇願したら
問題児になるほどに親の注意と愛を欲しいと訴えるのなら、
どうするかと考えてみることです。

それをいとも簡単に振り切り、誰かと一緒になるような人を
やすやすと信用してはいけません。

不器用な彼なりの子どもへの誠実な愛のかたちと受け止める
ゆとりも大切ではないでしょうか。

そのように彼の子どもへの愛を受け入れてしまったら、
私への愛が目減りしてしまいますか?
憎き妻の子どもなのだから、
その愛は注がれるべきでないでしょうか?

万一そんな気持ちが過るのであれば、いかに自分(だけ)が
得られるかという損得勘定の上になりたつ愛は、早かれ遅かれ
ほころびが出ることも覚えておくと良いかもしれません。

なぜ急ぐのか? なぜ待てないのか?
もういちどじっくり心の声に耳を傾けてみてください。

なぜ彼の携帯を覗いたのか?
もういちど自分の行動をじっくりと振り返ってみてください。

同じことが未来に起こる可能性がある。
それでも、自分は受け入れられるのか。
本当は精錬潔白なはず、私との関係に限っては大丈夫、
だから受け入れられるのでしょうか?

不器用でいろいろ横道それるしいろいろな過去がある、
いろいろな未来もあるかもしれない
たとえそうであっても、すべてひっくるめて愛せるでしょうか。

自分は何を得ようとしているのか?
それは本当に速やかな「離婚」や「結婚」というかたちで
得られるものなのか。
また、かたちが得られたとして本当に持続するものなのか?
どうか、じっくり考えてみてください。

彼が離婚をして、101さんが離婚をして、その後すぐに
再婚することはせず、互いに5年間、自分自身をじっくり
見つめ直すブランクを設けたと想定してみてください。

どうでしょう、5年後自分たちが変わらぬ愛で一緒にいる姿は
自然に見えますか?

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【Q】自分で生きていく覚悟が決まりません

いつも、様々なヒントをいただき、ありがとうございます。

頑張れきれない自分に悩みながら、
自分の人生をどう生きて行こうか考えています。

未だ独身で、パートナーもおらず、もう少しで40に
手が届きそうな年齢にいつの間にかなってしまいました。

振り返ると、いつも迷ってばかりの人生で、自信がなく、
好きなこと、やりたいことにOKが出せず、常に人の反応を
気にしたり、人からのアクションを待って様子をみる癖
がついてしまいました。

最近になり、ようやく好きだった歌うことが、人からも
褒められ、自分もそれをやっていていいのかな、
と思えるようになってきました。

しかし、そうするとまた、周りの期待に応えなければ、
受け入れられなければ相手にされなくなるかも、と、
焦りがでてしまいます。

なんとか自分を活かしながら独りでもより良く生きたくて、
通信で音楽療法の勉強を始めたのですが、仕事をしながら
の勉強がうまくいかず結局、また自信のない自分に
なりつつあります。

福祉や心にも関わるこの勉強に興味をもったのは、
母をいずれ自分が面倒をみることになるためと、
以前母がうつ病だったこと、周りに心を病む友人がいた
ことなどもあります。

結局、母は再発した同じ病いで他界してしまいました。
子供だった自分、支えられなかった自分を情けなく思います。

いよいよ、自分で生きていかなくてはと思い、
決意したつもりでしたが、
お伝えしたようにうまくいかなくなってしまい、

結局、音楽に関わっていたい為の、自分や母、世間への
言い訳だったのかもしれない、と思います。

今では自分の甘さと覚悟のなさに、また、同じことを
繰り返していると自己嫌悪に陥ってしまいます。

頭の中がいつも騒ついて、気分転換もあまりできません。
どうして、いつも迷ってばかりで、中途半端になって
しまうのか、いろんなセラピーやカウンセリングも
たくさんうけてきました。

結局、自分が決めなくてはならないと
誰のせいにもできないと頭では分かっているのですが、
頑張りきることができません。

劣等感や優越感に囚われることなく、自分に素直で
いられればきっと、よいのだと思うのですが。
(とりとめなく、長々と申し訳ありません。)

【30代 会社員 R様】

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【A】FROM 川畑のぶこ

29歳、39歳、49歳など、あと少しでキリの良い次の代に
突入という時期はRさんに限らず、私たちの多くに
人生を振り返る機会を与えることと思います。

仕事のこと、恋愛のこと、家族や友人などとの人間関係
のことetc…

気が付けばいつも迷ってばかりで周囲の目を気にしてしまう。
また始めても中途半端になってしまう。
これはRさんの「結末への恐れ」から来るのかもしれませんね。

人間には防衛本能がありますが、生命を守るための防衛は
もちろんのこと、自分を心理的に守るためにも
この防衛メカニズムが働きます。

後々傷つきたくないからという理由で、ワーストのシナリオ
を前提にチャレンジを控えるのもそのひとつです。

チャレンジしなければ、失敗する必要もありません。
そうすれば充足感は無いかもしれませんが、少なくとも
自分に無能だということに直面することもなく、
傷つかずに済みます。

何かにチャレンジしたいけれども出来ないときは、
失敗を受け入れる勇気が必要です。

私たちは等しく失敗を免れない存在です。
自分には失敗して学ぶ権利があるし、失敗して良いのだと。
失敗は私たちが賢くなる機会でもあるのですね。

人間は成功からよりも失敗からの方が多くを学ぶと
言われています。

また、失敗したら全ての終わりではありませんし、
いくらでも取り返しがつくということを覚えておくのも
大切になるでしょう。

Rさんのお母様や周囲への思いやりというのは
素晴らしい姿勢だと思います。

ただし、そのために自分への思いやりが無くなって
しまってはやはり人生を損なってしまいます。
それが身内であれ、友人であれ、相手の人生や感情の責任
というのは本人にしかとれません。

これはRさんの人生や感情の責任はRさんにしかとれないの
と同じです。相手を満たすのは基本的に相手の仕事であり、
自分を満たすのは基本的に自分の仕事と割り切ってみる
ことも時には大切かもしれません。

お母さんにはお母さんの人生の課題があり、基本的に
お母さんご自身が自己の成長のためにクリアしていく
課題でした。Rさんの力量不足ではありません。
(恐らく今は私たちとは異なる次元でより賢くその課題に
チャレンジされていらっしゃるのではないでしょうか?)

Rさんの仕事の優先順位は周囲を満たすことでは無く、
まずはご自身の人生を充足させることと切り替えて
みてください。

自分で自分のことが満たせるようになれば、
相手に求めたり、相手から心理的に満たされようという
見返りを期待しなくなります。
すると、人間関係や人生は一気に軽やかになってきます。

また、自分のことを満たすことが出来る人というのは、
結果的に心にゆとりが生まれ、無理なく人のことをも
思いやったり満たしたりすることに繋がるということも
知ってください。

人に合わせることで評価を得たり好きになってもらったり
するのではなく、自分に合わせてあげて、自分を好きに
なってあげる。

他人の期待に応えるために音楽や歌をやるのではなく、
どうか自分の人生を祝福するために音楽に触れ、
歌を歌ってみてください。

私たちの人生には限りがあります。
もし、今日が人生の卒業式だったら、人生を振り返って
Rさんが最も感謝することはいったい何でしょうか?
また、Rさんが最も後悔することはいったい何でしょうか?

もし、Rさんがもう一度人生を送り直すことができるので
あるとすれば、今度の人生でRさんにとって
真に大切なことは何でしょうか。

日々新たなり、それらのことを大切に、
今日から新たな一歩を歩み始めてみてください。

お母さまもきっと温かく見守ってくれているのでは
ないでしょうか。

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【Q】洋服が買えません

何年もかけて断捨離をしています。
「勿体なくて捨てられない」「いつか使うかも…。」
と思っては同じ位置に戻し、なかなかスッキリいきません。

しかし勿体無いと思っていても、ある日これは捨てても
平気と気持ちが向くとあっさり断捨離できます。

そんな亀の歩みの断捨離ですが、以前よりだいぶ片付い
てきました。

前置きが長くなってしまいましたが
最近、洋服が買えなくなってきてしまいました。

やっとの思いで断捨離をしてきたので、とくに高価な服
を買う時には「本当に着るか?」と考えてしまったり、
また捨てられなくなって洋服が増えてしまうと思うと、
買うことができなくなってしまいました。

他にも結婚式や祝賀会などで、一年に一回着るか着ないか
の洋服は高かったのに着る出番はないし、
またタンスの中を占領されてしまうと思って憂鬱です。

高いけど自分の気に入った洋服やドレスは今後着る機会が
ないから、「まぁこれなら……。」と自分が妥協できる
安い洋服を買ってしまいます(これなら断捨離できる)。

自分がご機嫌でいられるように断捨離をしていますが、
断捨離をして見えてきたのは「損をしたくない。」
という思いが強い自分でした。

自分の気に入った高い洋服を買えば、今後着る出番が
ない洋服を買て勿体無い&捨てられないストレス、
妥協して買った洋服は心のどこかで満足できていない
ストレス。

どちらにしても洋服を買うことを楽しめません。
この考えを切り替えるにはどうしたらいいのでしょうか。

【30代 女性 OL N子様】

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FROM 川畑のぶこ
A:
ダンシャリアンのあなたも、N子さんのように
「どうせ捨てることになるかも」と考えるとなかなか
モノが買えないという人は少なくないのではないでしょうか。

買い物に慎重になること自体は決して悪いことではないと
思います。ただし、過ぎたるは及ばざるがごとし。
慎重になりすぎてしまったのなら、モノを持ちすぎるのと、
精神構造は結局一緒です。

「持たねば」も「捨てねば」も根は一緒。
「いつか着るかもしれない」も「いつか捨てるかもしれない」
も根は一緒。

それに囚われ、脅かされていたら結局
人生を損なってしまうわけです。

N子さんに、ぜひ意識していただきたいのは、
断捨離の目的はモノを減らすことや、モノを持たないこと
では無く、暮らしに和をもたらすことだということです。

そこに調和はあるか?
そこに和みはあるか?
と問うてみてほしいのです。

そして断捨離は恐れを手放すレッスンでもあります。

そのためには失敗してもOK.後悔してもOK.
取り返しのつかないことになるわけではないし、
そこから学べる自分だという信頼感を育むレッスンです。

買って後悔するときもあれば、捨てて後悔するときもあるでしょう。
損することもあれば得することもあるのが人生です。

常に得しなければいけないとか決して損をしてはいけないとか
完璧主義に陥って己を脅かすのなら、
その完璧主義を手放してみることです。

未来は予測不可能。
私達に出来るのは、
今この瞬間に自分に出来るベストを尽くすことのみです

後悔したら「それがその時点の私にできるベストだった」
と思いだしてください。

そして、常にそこからまた前進できる私だと信頼してみてください。

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